重要無形民俗文化財「弘前のねぷた」に参加している明るく元気な団体です

平成23年のねぷた

平成23年(2011年)のねぷた
鏡絵=無情武士道 熊谷次郎直実、見送り絵=地獄太夫
2011年のねぷた絵のテーマは「無情」です

織田信長が好んで舞った「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」という舞の「敦盛」は、討ち死にした我が子と同じ、元服間もない平敦盛を討ち取らねばならなかった熊谷直実が、この世の無情を詞にしたものです。
見送り絵の地獄太夫もまた、無情ゆえに自らを「地獄」と名乗り若くして命果てました。

東日本大震災における無情・無念を表現しています。

笛の名手であり、祖父平忠盛が鳥羽院より賜った『小枝』という笛を譲り受ける。
平家一門として17歳で一ノ谷の戦いに参加。源氏側の奇襲を受け、平氏側が劣勢になると、騎馬で海上の船に逃げようとした敦盛を、敵将を探していた熊谷直実が「敵に後ろを見せるのは卑怯でありましょう、お戻りなされ」と呼び止める。
敦盛が取って返すと、直実は敦盛を馬から組み落とし、首を斬ろうと甲を上げると、我が子直家と同じ年頃の美しい若者の顔を見て躊躇する。直実は敦盛を助けようと名を尋ねるが、敦盛は「お前のためには良い敵だ、名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。すみやかに首を取れ」と答え、直実は涙ながらに敦盛の首を切った。「延慶本」や「鎌倉本」では、直実が敦盛の笛を敦盛の父経盛の元に送り、直実の書状と経盛の返状が交わされる場面が描かれている。
この『平家物語』の名場面は、のちに能『敦盛』、幸若舞『敦盛』、謡曲『敦盛』、歌舞伎『一谷嫩軍記』などの題材となった。
織田信長の好んだ歌『人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬもののあるべきか』は幸若舞の『敦盛』の一節である。

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